2011年10月18日

「工芸」ややこし

静岡での野外イベントから戻った翌日、名古屋で開催中の「日本伝統工芸展」の会期が最終日を迎えていたので、疲れた体にムチ打っていそいそと見てきました。


この展覧会には以前からも足を運ぶ機会は多かったのですが、出展されている方々とのご縁ができて以来、年毎の出品作からお世話になった先生方や親しくお付合いしてくれた同窓の先輩方(なかにはボクより10歳近く年若の方もいたりして感嘆してしまいます)の近況をうかがい知ることができるようにも思われ、近年では純粋に作品を鑑賞するのとは違った楽しさもできましたね。

連休中とのこともあり会場は盛況な様子でしたが、大多数である中高年の観覧者の方に交じって20代、30代風の方が熱心に鑑賞されている姿があちこちに見られ、ちょっぴり嬉しく思いました。

受賞者の中にも30代の方が何人もいらっしゃるようで、この分野でも「団塊ジュニア」とか「ロストジェネレーション」などとよばれる世代が新しい価値や考え方をつくり出そうとする動きがあるのかなぁなどということも想像されましたね。そういえば、毎年この展覧会を紹介しているNHKのテレビ番組「日曜美術館」で、今年の日本伝統工芸展を取り上げた週のゲストが元サッカー選手の中田英寿さんだったのがなにやら象徴的にも思えます。


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ところでこの「日本伝統工芸展」という名前の中にある「工芸」という語句、日々の生活の中ではあまり見聞きするものではないと思うのですが、皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか。

こんにち的な辞書上の意味では、大量生産された工業製品としての日用品と鑑賞のみをその用途とする美術品の間のものといったところかと思いますが、それらと「工芸品」との境界線は実にあいまいで、またその範囲もとても広いですから、立場や考えなどによって「工芸」の解釈はずいぶんと異なるように思います。

例えばものつくりをされる方(仮にここでは鑑賞以外の用途を持つものを家内生産的な規模でつくられている方とします)に対してその作を「工芸」と呼んだ場合、恐縮される方も数多いと思いますが、それとは逆に気分を害される方もやはりいらっしゃるのではないかとボクには想像されます。

これは「工芸」という言葉から「古めかしく、土着的で保守的、あるいは技巧偏重的」といった後ろ向きなイメージが連想されるためかもしれませんし、あるいは古美術や骨董の分野において時代が浅く高名な作者による品でないものを伝世品から一段下げる意味で工芸品と呼んだりすることと関係があるのかもしれません。

そういえば漆工の分野でも、漆に似せて作られた合成塗料のことを「工芸うるし」などと呼んだりすることがありますが、「工芸」という語句を「本物ではない」という意味で用いる習慣が一部ではあるのかもしれませんね。

例にあげたもの以外にもありそうですが、いずれにせよ「工芸」という語の持つマイナスの印象をやわらげるためか、「クラフト」という「工芸」とほぼ同意(辞書上では)の語句が広く使われたりしていますが、それ以外にも「工芸」を「KOGEI」という世界共通語にしようとする計画があったり、「工芸」という言葉に別の語句を加えて旧来のものと差別化したりと(代表格は「民衆的工芸」でしょうか、最近では「生活工芸」なんていう言葉を目にする機会も多くありますね)、「工芸」という言葉の周辺がカンカンガクガクであるのは今も昔も変わらないようで、ものつくりに係わる人間にとって用いるのに特に気を使う単語の一つとなっているように思います。

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さて、「工芸」という言葉から思いおこされることを場当たり的に書き進めてきたのですが、本旨まで到着するにはもう少し章を必要とすることになりそうなので、今回はこれくらいにして残りは次の機会としておきましょうか。まだ道半ばと言えそうですが、とりあえずもここまで読んでいただいた気の長〜い皆さま、どうもお疲れさまでした。

posted by nakoji at 15:36| 日々のあれこれ