2011年11月28日

使いみち色々

つい先日、漆による補修のために長らくお預かりしていたやきもののうつわをご依頼主にお返しする機会があったもので、今回はそんな「ちょっぴり意外な漆の用途」をいくつかご紹介してみることにしました。「ぬりもの」にはあまり関心がないといった方にも興味を持っていただける記事になれば嬉しいですね。

    line_09_10.gif

「うるし」という言葉を聞いて多くの方がまず思い出されるのは「つややかでふくよかな特有の塗り肌を持つ食器」ですよね。ボクもその中の一人ですし、漆という素材の最大の魅力はなんといっても塗料として用いた際の仕上がりの優美さであるとも思っています。

ただその扱いに慣れるほどに、漆という素材の能力は「塗り肌の美しさ」だけではないと気付かされる機会が増えていることもまた事実なんですよ。

例えば冒頭にあげたうつわ等の補修に求められる接着剤としての機能では、接着力の高さや接着できる素材の幅広さなどの面で、木工仕事で用いる数種類の合成接着材より優れている点がいくつもあるように感じています。温度や湿度などの硬化条件を調整することで、接着の速度をある程度コントロールできるというのも特有の利点と言えるかもしれません。

この強力な接着剤である漆に、焼成した土などの粉末を加えてペースト状にしたものも充填や造形用のパテとしてとても優れた素材でして、接着力や硬化後の強度はもちろん、作業時の扱いやすさや人体への安全性などの面からも、他のもので代用できるといったものではないでしょう。主に塗装の前工程である下地処理に用いられていますね。

また、乾固した漆の硬度を利用して漆自体を器物のボディとすることも古くから行われていることです。(実際には布や紙などを芯材とすることで強度を増すのですが、使われる素材の質量的には漆のかたまりのようなものと考えても良いかなとも思います。)

これは「乾漆(かんしつ)」と呼ばれる技法の一つで、うつわのほか仏像などに用いられていることがよく知られています。下の画像は以前ボクが乾漆技法の理解のために制作したお盆なのですが、薄手なわりにとても堅牢で、複雑な形状を表しやすい点からも非常に優れた技術だと思いました。ただ、現在ではこういった特性は合成樹脂よって代替されることが多いので、実用品の工法として採用されることはまれなようです。


   20111128_01.jpg
   乾漆紙着木瓜盆 (習作)

ちなみに乾漆技法でつくられたものはその強度に対してとても軽いという特性もあるため、かつては武士の兜や鎧にも利用されたそうですよ。現在のように優れた合成樹脂素材がなかった時代には、乾漆が「強靱かつ軽量」という面で最適だったのでしょうね。

    line_09_10.gif

これらの言わば常道の使用法とは異なるユニークな例として思い出されるのが、砲弾の内部塗料に漆が使用されたという話でしょうか。旧日本軍が明治から太平洋戦争までの間、採用していた強酸性の爆薬を砲弾に充填する際にそのような処理がされていたそうです。

これは漆の持つ薬品類(酸やアルカリなど)に対する優れた耐性を活用した例で、爆薬が容器である砲弾体の金属と化学反応する(→自爆事故を招く)ことを漆の塗膜で防ぐことによって初めて日本軍独自の強力な砲弾を実用化できたとのこと。

日露戦争当時では圧倒的な威力を誇ったこの爆薬が、日本海海戦での日本側大勝利の一因になったとの説もあるそうですが、ここまでくると「塗り肌の美しさ」などという風流な言葉とは全く無関係な話になってしまいますね。

そんなキナ臭い話とは対照的に、近年では「持続可能性を備えた」あるいは「人体や環境への影響が少ない」という新たな付加価値を持った高性能塗料としての漆が注目される機会も多いようです。

面白いものとしては漆で車体塗装した乗用車を日常的に使用することで耐候性の調査をするなんていう試みや、漆の安全性や抗菌作用に着目して子供用玩具の塗料に用いた例などを目にしたことがありますね。

漆の耐久性は発掘された数千年前の漆器が驚くほど状態が良いことからも広く知られるところですから、今後の研究次第では漆の工業的活用が一般に普及することもあるかもしれませんよ。

    line_09_10.gif

さて、ひと月あまり前のことになりますが、漆工に関心を持つ者にはとって興味深い報道が流れました。朱漆塗りの櫛で有名な福井県若狭町の鳥浜貝塚から出土した漆の木の枝が約1万2600年前のものだと判明したという記事なんですがご記憶にあるでしょうか?

出土したのは漆器ではなく木の枝なのですが、植物としての漆の原産地や漆工の起源についての議論に一石を投じる調査結果であるそうです。いずれにしても1万年以上も前から日本人の暮らしの中に素材としての漆があったことは間違いないことのようですからそれだけでも十分に驚きですよね。

そんな太古から使われている原始的な素材が、素粒子なんてものの存在まで解き明かそうという現代の科学技術によって合成された物質に、「美しさ」などという主観的な尺度でしか評価しにくい面だけでなく、その強固さや汎用性などの様々な機能面においても決して劣るものではないという事実には、なんとも不思議だという思いを抱かざるをえません。

いや、こんなご時世ですから、それこそが「ヒトと自然物の本来のあり方」だったのかなと改めて納得させられた面の方が大きいでしょうか。皮肉なものではありますけどね。

    line_09_10.gif

そうそう、文頭のうつわの直しについて興味をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんね。そちらについては修復例のご紹介とあわせて稿を改めて記してみたいと思っていますので今しばらくお待ちください。

posted by nakoji at 19:10| 日々のあれこれ