2013年03月31日

私的アップル回顧録

先日上京の折、所用のため千駄ヶ谷駅に降り立つ機会がありました。
改札を出て、東京体育館に次いで目に入ってくるのがコチラのビルですよね。


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その昔、このビルの壁面に6色に塗り分けられた大きなリンゴのロゴが掲げられていたこと(自社ビルでもないのに)を懐かしむ人はどのくらいいるのかなぁ、なんて思いながらしばらくの間ボンヤリと眺めてしまいました。


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10代の後半、ボクはApple社のMacintoshに夢中でした。

小学生の頃からホビーパソコンに親しんでいたボクにとって、Macはまさに憧れのスーパーマシンといった存在で、初めて手にした(当時でもひどく型落ちな「LC II」という機種でした)時には、その先進的な機能とムダのないデザインの素晴らしさにシビレたものです。


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    Macintosh Classic

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    Macintosh LC III

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    Macintosh Quadra 700


大学入学後に「MUG:Macintosh Users Group」(当時マイナーだったMacの愛好者がMac普及のために(笑)各地で同様の団体を作っていたんです、今も残ってるのかな・・・)という学内サークルに所属して、千駄ヶ谷のアップルコンピュータ(当時の日本法人)本社でイベントを催したこともありました。ちなみにそのころのアップル本社は現在のAppleStoreなどからは想像もできないほど飾り気のない実に簡素なオフィスでしたね。

時代はちょうどインターネット大衆化の黎明期。Macでネットサーフィン(死語でしょうか)を体験できるというだけで遠方からわざわざ足を運んでくれる人が大勢いたわけですから、今から考えてみると笑ってしまうほどに牧歌的な時代でした。

しかし程なく(大学初年度の晩秋でした)「Windows95」が発売されてMacの代名詞でもあったグラフィカルなユーザーインターフェースが広く知られることになり(それ以前は暗号のような命令文を入力することで操作するコンピュータが主流だったんです)、インターネットの劇的な普及も相まってパソコンが一気に家電化、世の中の情報化が飛躍的に進むという、その渦中にあってもそれと実感できるほどに変化の時代でもありました。

ITの業界では1976年前後生まれのインターネット関連の起業家たちを「76世代」などと呼ぶそうですが、ボクも能力と野心を兼ね備えた級友に付き従っていたら、今ごろ「IT長者」はないにしても「IT小金持ち」くらいにはなっていたかもしれないな〜なんて子供じみた想像をしたこともありましたね。どこで間違えたのか、目の前にある現実の仕事はひどく原始的な作業を強いるものばかりなんですが…。


そして、その後のボクのアップル熱はといえば、Windowsの台頭によるMacの独自性の後退や、Apple社の業績不振にともなう様々な醜聞や迷走、ボク自身の使用環境の変化、製品デザインの路線変更(iMacシリーズの定着)など、諸々の理由によって急速に冷めていったのでした。


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以来、リンゴマークにはとんとご無沙汰だったのですが、つい先ごろずいぶんと久しぶりに(6色ロゴ時代でしたから、かれこれ15年ぶりぐらい?)にアップル製品を購入することに。

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新型のタブレット端末「iPad mini」です。

話題の7インチクラスのタブレット、従来型の携帯電話との組み合わせがとても合理的かつ経済的に思えて各社の新製品が出揃うの待っていたのですが、大本命のGoogle社製の搭載カメラが思いのほか非力とのことで渋々(笑)アップルを選択。

「20年経った今でもQuadra700よりカッコいいパソコンは見たことない」なんて考えている懐古趣味のオールドMacファンにはオシャレ過ぎて恥ずかしい程のiPadではありますが、悔しいことに、その利便性と性能の高さに入手してほどなく片時も手放せない存在になってしまいました。

そのうえ毎日接していると、良くも悪くも昔と変わりない「アップルらしさ」を感じることもあり(自分たちが考える「スマートさ」をユーザーに強制したがるところ等々)、先端的な分野で業界をリードしているのは、やはり設立以来の開拓気質が今も残っている証拠なのかなと今更ながら感心したりもしています。

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そしてこの小型タブレット端末、3歳のボウズが軽々と手にとって誰に教えられることもなく扱っている姿などを見ると、「パソコンの父」と呼ばれるアラン・ケイが理想のパソコンとして提案した「ダイナブック」(東芝製ノートパソコンではありませんよ)のことを思い出します。

Apple社の創業者の1人として高名なスティーブ・ジョブズに大きな衝撃をあたえたとされるダイナブックのコンセプト、詳しい知識があるわけではないので確かなことは言えませんが、漠然といま目の前にあるようなマシンだったのかもしれないなぁと想像しています。

つまりタブレット型パソコンという新しい分野においても、いち早くエポックを感じさせる程の製品を作り上げたアップルの先見性と開発力には、素直にさすがと言うほかないということになってしまいますか。

あれ、そんなつもりは全くなかったのですが、結局はアップル賛辞で締めくくることになってしまいましたね。自分では完治していると思い込んでいたリンゴ熱病、20年経っても治ってなかったってことなのかな〜。


ちなみに生前のスティーブ・ジョブズは7インチクラスのiPad開発には強く反対していたとの記事を目にしたことがありますが、個人的にはこのサイズ、常時携帯する使用方法でしたらツボを押さえたとっても良い設定だなぁと思います。
posted by nakoji at 22:42| 日々のあれこれ

2013年01月04日

初春

謹んで新春のおよろこび申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

また先月25日に無事終了しました日本橋「ヒナタノオト」での「初春の器」展にお運びいただいた皆さまには、この場を借りて改めてお礼申し上げます。

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昨年は、それまで自分の中で培ってきたものがようやく広い社会との接点を持ち始めた事をわずかながらに感じることができた1年だったように思います。

ただその繋がりも(自身の尽力などは言うまでもなく)自分をとりまく方々の厚意と求めがあってのものだという当然のことをしみじみ思った1年でもありました。

今年もたゆむことなく、皆さんの思いにお応えできるよう励んでまいりますので、引きつづきご厚情のほどよろしくお願いいたします。


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     香合 三種

posted by nakoji at 22:41| 日々のあれこれ

2012年12月23日

楽聖とカワイイ大使

今年最後の展覧会のための制作もひと段落し、近頃のあわただしさで少し枯れ気味だった心の潤いを補いたいと考えて、先日久しぶりに管弦楽の演奏を聴きに行ってきました。

学生の頃には、わりと気軽に楽しむ機会も多かったのですが(国内楽団の定期公演の当日学生席は映画を観るのと同程度の料金なんですよ)、ひとり気ままにコンサートに出かけるなんて本当に久しぶりのことです。

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ただ不意に思い立ったことなので、心惹かれる公演がここ名古屋で都合よく見つかるわけもなく、今回は室内楽かな〜と考え始めていたところ、ご近所の音大の定期公演があるとの情報を発見。曲目もワーグナー「パルジファル」、ベートーヴェン「交響曲7番」、レスピーギ「ローマの松」と聞きなじみのあるものでしたし、何より入場無料という破格の好条件が決め手となって出かけることにしました。


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    from 名古屋音楽大学ウェブサイト


学生オケの演奏、コンクールを一度観覧したことはあるのですが、通常の公演は初めての経験です。観客の入りはどうかななんて思いながら足を運んだのですが、中部を代表するホールの1階席がほぼ満席でビックリ。数多いボクのようなお気楽な管弦楽ファンが楽曲を楽しむ(演奏をシビアに吟味するのではなく)には最適ということかもしれませんね。

プログラムに話を戻すと、迫力満点の金管と多彩な楽器の音色が楽しいレスピーギもライブならではの聴きごたえでしたが、やはり聴衆の皆さんのお目当ては7番交響曲ということになりますよね。ボクも「学生オケ×7番」って、「のだめカンタービレ」そのままじゃん!なんて思いながらも久しぶりの名曲の生演奏、存分に楽しませてもらいました。

これで入場無料というのはなんだか申し訳ないなぁと思いつつも、今後も機会があれば足を運んでみたいと思える和やかで素敵なコンサートでしたよ。

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さて、久々のライブの熱が冷めやらぬここ数日は、仕事場で管弦楽のCDを手に取ったりもするのですが、普段そんな選択をすることはほとんど無くて(何かしながら聞く種類の音楽ではないですしね)もっぱらラジオかポップソングばかりです。

最近定番のBGMは、渋谷区公認『原宿カワイイ大使』にしてファッション界のモンスター(?)、きゃりーぱみゅぱみゅさんの1stアルバム『ぱみゅぱみゅレボリューション』。


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    『OMOSAN STREET』 No.22 cover


恥ずかしながら、ここ半年間、このアルバムを日本で一番聞いているのは実はボクなんじゃないかとひそかに思っているほどのヘビーローテーションです。(夜更けの作業中、ふいに睡魔に襲われた時に何度ぱみゅぱみゅエンドレスリピートに助けられたことか・・・)

とにかく冒頭の一音一句から最終曲のエンディングにいたるまで徹底的にキラキラポップ、カラフルキャッチーで、50分がまたたく間に思えるほど。よくぞここまで一分の隙もなく作り込んだものだと、聞くたびに感心してしまいます。曲作りをPerfumeのプロデュースでも知られる中田ヤスタカさんが担当していることを後から知って納得、でしたが。

エンターテイナーとしてのきゃりーさんについては、Wikipediaを一読した程度の知識しかないので、ほかのお仕事についてアレコレお話できるほどの話題もないのですが、ことこのアルバムに関しては、ひとつの録音作品として素晴らしいものだと思っていますよ。

そしてこの作品を耳にするたびに、つい自分のことに引き寄せて考え込んでしまうことが、「ポップであること」、「キャッチーであること」の意味についてです。

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もの作りに情熱を注ぐ人であれば、自身の作の永続性(例えばベートーヴェンの交響曲が持つような)を願うのはとても自然なことだと思います。

ただ近頃よく考えるのは、この永続性や普遍性といったもの、制作者が初めから意図して叶えられるような種類のものではないのかなということです。もちろんそれを明確に目指し、成し得る方もいると思うのですが、少なくとも今のボクにはそれを果たすだけの能力も意思もありはしません。

そんな人間が多くの人に求めてもらえる道具をつくり出すためには、普遍的な美しさだとか揺るぎない機能性だとかいった手に余るテーマにとらわれる前に「使う方に共感してもらう、楽しんでもらう」ということについて、もっと真剣に向き合う必要があるのだろうなぁと改めて思うのです。

それは「ポップでキャッチーであること」とは少し意味合いが異なるとも思うのですが、あえて今回の話題に当てはめるとすれば、「楽聖」への道を追求するのはそれを許されるほどの才気を備えた方にお任せすることにして、ボクのような作り手は、きゃりーさん(というよりは中田ヤスタカさんですね)の視点に習うべきものを探す方が賢明かなという気がしているということでしょうか。


ただし、ベートーヴェンほどの偉大な作曲家でさえも、200年のちに「楽聖」と称されることを見据えて曲作りに励んだわけではないだろうことは容易に想像されますよね。とくに7番交響曲などからはそんな印象を受けるのですが、きっと彼も当時の世評に一喜一憂し、悩み、不安を抱きながら作品を世に出したことでしょう。

また逆に、『ぱみゅぱみゅレボリューション』が100年後、歴史に残るマスターピースとして評価を得ている可能性もゼロではないはずですから、結局のところ一心に励んだ末にたどり着く結果に違いはないのかもしれませんね。


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蛇足かもしれませんが、日経BP社が選定する賞を中田ヤスタカさんが受賞された際のインタビュー記事をご紹介しておきます。

  「Changemakers of the year 2012 」 受賞インタビュー

もの作りを仕事とする者として共感できる部分もあって興味深く拝読しましたよ。


posted by nakoji at 13:23| 日々のあれこれ

2012年11月06日

木仕事いろいろ 続

前回からの続きでしたのに、ずいぶんお待たせしてしまいました。
予告通り「工房からの風」から持ち帰ったもうひと品、ご紹介いたしますね。

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多彩な顔ぶれの木工分野の出展者の中にあっても、ひときわその独自性が目をひいた『アトリエ倭』(= チーム香田)さんの木のおもちゃ「くで」。

 ※ 「くで(組手)」 : 木材に溝をつけて互いを組み合わせる伝統工法

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『アトリエ倭』さんは、解体した家屋の柱や建具などの「古材」を用いた生活道具なども手掛けられているのですが、やはり「木のおもちゃ」こそが代名詞ともいえるお仕事ではないかと思います。

建具職として経験を積まれた進さんと、玩具デザイン・企画の職歴を経て制作の技術も身に付けられた佳子さんの香田さんご夫妻が生み出す「木のおもちゃ」、どれをとっても感嘆してしまうものばかりですが、なかでもボクが『アトリエ倭』さんの本領を最も感じた作品がこの「くで」なんです。

玩具としての楽しさに遊び方を限定しない自在さを加味した見事な発想、「木のおもちゃ」という言葉から連想される「甘さ」からは距離をおいたデザイン性、そしてそれらの土台となる伝統的な工法や意匠への造詣。

ひと目ご覧になればその素晴らしさは誰にでもすぐにご理解いただけると思いますので、今回は同じ木の作り手の視点から技術的な面に注目してお話しさせてもらいますね。

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「同じものをたくさんつくる」ということ、創造的な仕事に対して単調な作業を繰り返すだけの容易なことのように思われるかもしれませんが、手工においては実はそれが技術的に最も難しいことのひとつなんです(もちろんどのくらい正確に「同じ」であるかにもよりますが)。

『アトリエ倭』さんのお仕事の大きな特徴は、その最も困難な仕事を高い精度を保ちながら軽々と(?)やってのける技術の高さにあるように思います。

例えば「くで」の組立用の溝、深さわずか6mmの溝で適切な締まり具合を実現するには非常に高い精度での溝加工と板厚の調整が不可欠なはずですが(少なくとも0.01mmの桁の数値までは意識されていると思います)、制作数によっては数千枚にもなるパーツをそれほどの精度で均一に作らなければいけないわけです。

湿度等の影響で伸び縮みする木材を相手にしての精密な作業、仮に大きな資本を投じた加工機械を用いたとしても簡単にこなせるものではないでしょう。

それをたったお二人で、しかも個人が所有できる程度の機械、工具を駆使して成しとげるには、加工方法はもちろん、素材の選定から仕上の手順に至るまで、膨大なノウハウの蓄積が必要であることは間違いありません。

ひと言で表すなら「脱帽」の技術力です。

同じ木工分野の作り手としての対抗意識を持つ余地など微塵もありません。むしろ自分と同じ世代にこれほどの作り手がいるということが純粋に嬉しいといった思いですね。

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技術上の賞賛ならいくらでも語ることができる『アトリエ倭』さんのお仕事。

ですがそれ以上にボクが素晴らしいと思う点は、その高い技術を惜しげなくつぎ込む作品がこどものための「おもちゃ」であるということです。

それについて話し出すと、さらにとてつもなく長い記事になってしまいそうですのでここでは控えたいと思いますが、日々木と向き合う作り手として、またこどもを持つひとりの親として、そのお仕事から香田さんご夫妻の木とひとへの愛情の深さを想わずにいられません。

今日もまた、思わずうなる父ちゃんを尻目にボウズが楽しげに「くで」で遊んでおります。


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posted by nakoji at 10:38| 日々のあれこれ

2012年10月28日

木仕事いろいろ

すでに2週間もたってしまいましたが、先日の「工房からの風」で入手したもの、ぜひ多くのひとにご覧いただきたい素晴らしい仕事なので、当ブログでもご紹介したいと思います。

ただし自身も出展する中、50ほどもあるブース全てをじっくり見て回るのはとても無理なので今回は自分と同じ「木を素材とする作り手」の仕事に狙いを絞っての選択になりました。

木工分野に限っても目移りするほど魅力的なものばかりで困りましたが、なかでも独自性と技術面での水準の高さに特に目を惹かれたお二方の作品をいただいてきましたよ。

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まずひとつ目は、新潟の泉健太郎さんが手がけられた品。

泉さんは、特徴的な文様彫刻を施した作品も制作されているのですが、今回はもう一つの代表的なお仕事である卵殻の作品群から、壁掛けのプレートを選びました。


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「卵殻」というのは漆工の加飾技法のひとつで、ウズラの卵や鶏卵の殻を漆で器物に貼り付けて意匠とするものです。

木工や漆工の分野では「純白」という色は今もって実現が難しく、多くの作り手にとって「憧れの色」でもあるのですが、卵殻は自然素材で白を表すことができる数少ない手法のひとつとして知られていますね。

ただ、卵殻の小片を一枚一枚息を凝らして敷き詰め、上から漆を幾度も塗り重ねて固着し、さらに適切に研ぎ出す(実は貼る以上に精神力と時間を要する作業)という手順を踏むわけですから、それはもう途方もなく手間がかかる仕事なんです。

もちろん加飾をする前段階の地板には通常の漆器と同様の下処理(下地作り+下塗り)が必要になりますしね。

手工というものは、かけた手間に応じて良くなるといった単純なものではないと日頃思っているのですが、こういった品に触れる機会があると、仕事の量感が作品に大きな力を与えることもまた疑いようがないことだなぁと痛感するのです。

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しかもそれを実験的な作品やアクセサリーなどのごく小さな品物ではなく、実用品の意匠として大胆に取り入れるということは、制作に対するよほど強い意思を持っていなければ到底できないことだと思います。

泉さんご自身は、拍子抜けしてしまうほどに(失礼!)穏やかな方なんですが、きっとその温和な表情の裏側には、作ることへの並外れた情熱が隠されているんでしょうね。

また、実用の道具に伝統的な技法を用いて装飾を加えるという点で、自分の仕事と重なる部分があるように思われて、失礼ながら数少ない同志(?)と勝手に思い込んだりもしているんですよ。

そんな泉さんの作品、かたわらにあって常にボクを励まし、また叱咤してくれる存在となるような気がしています。

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さぁ、続いて二品目は…といきたいところですが、泉さんの仕事についてつい多くを語りすぎてしまったので(泉さんスミマセン)続きは次回にしておきましょう。

次の作品も熱くご紹介したいと思いますのでどうぞお楽しみに!

posted by nakoji at 14:49| 日々のあれこれ