2012年01月17日

木工にヤマをハレ

当の受験者の皆さんにとっては腹立たしいことかもしれませんが、正月の風物詩のひとつにもなってしまっている「大学入試センター試験」、今年もつい先日実施されたようですね。

試験運営面での不手際とともに毎年きまって新聞紙上に掲載される試験問題と解答、ボクなどはついつい興味本位で眺めてしまうのですが、実は今年度の英語の設問にひとつ面白いものがありまして、木工に関心をお持ちの多くの方が目を止めたのではないでしょうか。

以下にその問題を載せてみましたので、お時間のある方は学生気分にひたりながら頭を捻ってみるのも一興かと思いますよ。

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ご覧いただいた通り木材の乾燥についての論説文なのですが、もし受験者が木工作について相応の知識を持つ方だったとしたら、本文を読まなくても正答を導き出せてしまうかもしれませんね。

こんな思わぬ特典があるなら、今後は入試対策としても若い頃から木工などの手工業に興味を持たれることを積極的にオススメしても良いのではないかな〜なんてことも企んでしまいますが、難関突破を目指す学生さん、ならびにその親御さん、いかがですか?

ご不幸にも万がいち大学受験に失敗するようなことになろうとも(失礼)、きっとその後の人生の貴重な指針となってくれる(かもしれない)ように思いますよ。

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それにしても、図表2で示される通りとても乾燥した気候であるはずの北米においてさえ幅230mmの板が5mmも伸縮するようなことが実際にあるなら、彼の地で木工に携わる方々の気苦労もやはり大変なものなんでしょうね。

ちなみに上の問題の正解、(問35)が『3』、(問36)が『4』、(問37)が『2』とのことです。

posted by nakoji at 18:43| 日々のあれこれ

2012年01月05日

貫く棒

平穏に新しい年を迎えられました。

多くの人にとってその日常性を今回ほど有難いと感じる新年はなかったでしょう。

一方で新しい年を迎えてなお非日常の渦中にある多くの人の心にあるのはいかようなものか、ボクなどにはそれを想像することもできません。

正月休みには、昨年の震災被災地の住民でもある旧友の無事な姿を見ることもできました。それについて多くを問うことも多くを語ることもなく、とるに足りない昔話ばかりをして時を過してしまったような気がしますが、わずかでも気晴らしになってくれていたらと思います。

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さて、地元紙の元旦のコラムで高浜虚子の次の句が紹介されていました。

  「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」

俳句についてはまったくの門外漢なので下手な注釈を入れることはしませんが、新年に対する虚子の醒めた視点とユニークな表現のおもしろさ、そしてまた2012年を迎えるにあたって改めてこのよく知られた句を紹介したコラム筆者の思いには共感するところがありますね。

心機一転も大切なことではありますが、あっけらかんと「あけましたからおめでたい」とする気になれるのは、ボクの場合はもう少し先のことになりそうです。

本年も地道に努力していく所存ですので、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いいたします。


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   金彩酒器 (画像だけでも新春らしいものを・・・)

posted by nakoji at 17:15| 日々のあれこれ

2011年11月28日

使いみち色々

つい先日、漆による補修のために長らくお預かりしていたやきもののうつわをご依頼主にお返しする機会があったもので、今回はそんな「ちょっぴり意外な漆の用途」をいくつかご紹介してみることにしました。「ぬりもの」にはあまり関心がないといった方にも興味を持っていただける記事になれば嬉しいですね。

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「うるし」という言葉を聞いて多くの方がまず思い出されるのは「つややかでふくよかな特有の塗り肌を持つ食器」ですよね。ボクもその中の一人ですし、漆という素材の最大の魅力はなんといっても塗料として用いた際の仕上がりの優美さであるとも思っています。

ただその扱いに慣れるほどに、漆という素材の能力は「塗り肌の美しさ」だけではないと気付かされる機会が増えていることもまた事実なんですよ。

例えば冒頭にあげたうつわ等の補修に求められる接着剤としての機能では、接着力の高さや接着できる素材の幅広さなどの面で、木工仕事で用いる数種類の合成接着材より優れている点がいくつもあるように感じています。温度や湿度などの硬化条件を調整することで、接着の速度をある程度コントロールできるというのも特有の利点と言えるかもしれません。

この強力な接着剤である漆に、焼成した土などの粉末を加えてペースト状にしたものも充填や造形用のパテとしてとても優れた素材でして、接着力や硬化後の強度はもちろん、作業時の扱いやすさや人体への安全性などの面からも、他のもので代用できるといったものではないでしょう。主に塗装の前工程である下地処理に用いられていますね。

また、乾固した漆の硬度を利用して漆自体を器物のボディとすることも古くから行われていることです。(実際には布や紙などを芯材とすることで強度を増すのですが、使われる素材の質量的には漆のかたまりのようなものと考えても良いかなとも思います。)

これは「乾漆(かんしつ)」と呼ばれる技法の一つで、うつわのほか仏像などに用いられていることがよく知られています。下の画像は以前ボクが乾漆技法の理解のために制作したお盆なのですが、薄手なわりにとても堅牢で、複雑な形状を表しやすい点からも非常に優れた技術だと思いました。ただ、現在ではこういった特性は合成樹脂よって代替されることが多いので、実用品の工法として採用されることはまれなようです。


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   乾漆紙着木瓜盆 (習作)

ちなみに乾漆技法でつくられたものはその強度に対してとても軽いという特性もあるため、かつては武士の兜や鎧にも利用されたそうですよ。現在のように優れた合成樹脂素材がなかった時代には、乾漆が「強靱かつ軽量」という面で最適だったのでしょうね。

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これらの言わば常道の使用法とは異なるユニークな例として思い出されるのが、砲弾の内部塗料に漆が使用されたという話でしょうか。旧日本軍が明治から太平洋戦争までの間、採用していた強酸性の爆薬を砲弾に充填する際にそのような処理がされていたそうです。

これは漆の持つ薬品類(酸やアルカリなど)に対する優れた耐性を活用した例で、爆薬が容器である砲弾体の金属と化学反応する(→自爆事故を招く)ことを漆の塗膜で防ぐことによって初めて日本軍独自の強力な砲弾を実用化できたとのこと。

日露戦争当時では圧倒的な威力を誇ったこの爆薬が、日本海海戦での日本側大勝利の一因になったとの説もあるそうですが、ここまでくると「塗り肌の美しさ」などという風流な言葉とは全く無関係な話になってしまいますね。

そんなキナ臭い話とは対照的に、近年では「持続可能性を備えた」あるいは「人体や環境への影響が少ない」という新たな付加価値を持った高性能塗料としての漆が注目される機会も多いようです。

面白いものとしては漆で車体塗装した乗用車を日常的に使用することで耐候性の調査をするなんていう試みや、漆の安全性や抗菌作用に着目して子供用玩具の塗料に用いた例などを目にしたことがありますね。

漆の耐久性は発掘された数千年前の漆器が驚くほど状態が良いことからも広く知られるところですから、今後の研究次第では漆の工業的活用が一般に普及することもあるかもしれませんよ。

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さて、ひと月あまり前のことになりますが、漆工に関心を持つ者にはとって興味深い報道が流れました。朱漆塗りの櫛で有名な福井県若狭町の鳥浜貝塚から出土した漆の木の枝が約1万2600年前のものだと判明したという記事なんですがご記憶にあるでしょうか?

出土したのは漆器ではなく木の枝なのですが、植物としての漆の原産地や漆工の起源についての議論に一石を投じる調査結果であるそうです。いずれにしても1万年以上も前から日本人の暮らしの中に素材としての漆があったことは間違いないことのようですからそれだけでも十分に驚きですよね。

そんな太古から使われている原始的な素材が、素粒子なんてものの存在まで解き明かそうという現代の科学技術によって合成された物質に、「美しさ」などという主観的な尺度でしか評価しにくい面だけでなく、その強固さや汎用性などの様々な機能面においても決して劣るものではないという事実には、なんとも不思議だという思いを抱かざるをえません。

いや、こんなご時世ですから、それこそが「ヒトと自然物の本来のあり方」だったのかなと改めて納得させられた面の方が大きいでしょうか。皮肉なものではありますけどね。

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そうそう、文頭のうつわの直しについて興味をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんね。そちらについては修復例のご紹介とあわせて稿を改めて記してみたいと思っていますので今しばらくお待ちください。

posted by nakoji at 19:10| 日々のあれこれ

2011年10月21日

「伝統工芸」はいかが?

今年の「日本伝統工芸展」見学を機に、気まぐれに「工芸」というものについて少し記してみようと思い立ったところ、思いがけずとても長い記事になってしまいやむなく回を改めることにした、というところまでが前回の記事でした。

今回はその続きとなりますので、前回の記事をご覧になっていない方は、お手数ですがそちらを先に読んでいただくと以下の内容が多少なりとも読みやすくなるのではないかと思います。

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さて、今回は広い工芸の範囲の中で特に大きな区域を占めているであろう「伝統工芸」と呼ばれているもの(「工芸」≒「伝統工芸」と大づかみに考える方も少なくないように思いますし)に注目してみますね。

前回の記事の繰返しになるようで恐縮ですが、「伝統工芸」という分野に限った場合でもその呼称によってあらわされるものは多種多様でして、国の助成対象となるような大きなものでも、文部科学省が管轄する公益社団法人「日本工芸会」が文化財保護法の主旨に則して開催する「日本伝統工芸展」で公募、展覧する種のものと、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づいて経済産業大臣が指定する「伝統的工芸品」に属するものの2つがあげられるかと思います。

前者が伝統的な技法を用いてものつくりをする個人の創作性や制作手法などを評価することを通して、それらの文化的価値の保存、向上を図ることに重きが置かれているのに対して、後者は地場産業の振興の観点から、伝統的な工法を守っている手工業の品質維持と事業者への経済的支援を目的として産地ごとに指定しているものになります。

ごく大雑把に言ってしまうと、監督官庁の違いからも明らかなように文化・学術的な側面から見た「伝統工芸」と、経済・産業的な側面から見た「伝統工芸」といった違いになるでしょうか。

ちなみに「人間国宝」という通称で広く知られている個人の「重要無形文化財」保持者は文部科学大臣によって認定されるものですから、芸能分野や一部の工芸(「日本伝統工芸展」の範囲には通常含まれない刀剣類や和紙など)を除けば、日本工芸会と全くかかわりを持たない方がそれに認定されることは今では事実上ありえないと言ってよいと思いますし、逆に「伝統工芸士」という資格は経済産業大臣が認定(現在では代理業務を行う関係法人が認定)するものなので、産地に属さない個人が取得することはできないことになります。これは管轄する行政の区分によることですから、制作者の美的資質や技量がどれほど優れていたとしても横断することは難しいはずです。

もし興味をお持ちでしたら、下のバナーアイコンからそれぞれのウェブサイトへ移動して主催団体の趣意書や優品例の画像などをご覧になれば、両者の違いをたやすく理解していただけるのではないかと思います。

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さてさて、常々その扱いに苦労をさせられている「工芸」という言葉のややこしさについて、回をまたいでまでグチをこぼしていたら、話がずいぶん本筋から外れてしまいましたね。

この記事でお伝えしたかったのは、現代における工芸というものの「とらえどころの無さ」などということではなく、言葉による分類が難しくなっている現在でも、そのような問題が取るに足りない小さなことと思えるほどに、制作者が心血を注いでつくりあげたもの自体が持つ力には少しも変わりがないということでした。

当初の目的に戻って日本伝統工芸展についていえば、まずはこの展覧会の大きな特徴として、制作に費やされたであろう手(≒時間)の掛かり具合が誰の目にも明らかである作品が多いという点があげられますから、制作者の情熱(執念?)と高い精神性のあかしとも言えるその仕事の量感にボクなどは毎回ごく単純に大きな感銘を受けています。

もちろん造形や色彩、質感や文様などの意匠の面についても、幾人かの出展者の方と浅くない縁を持つというひいき目を差し引いたとしても、その水準の高さに異論をとなえる方が多いとは考えにくいでしょう。

取り上げる分野は陶磁・染織・漆工・金工・木竹・人形・ガラス・七宝・石工など多岐に渡り、その意匠は優に一千年を超える歳月を経て磨き上げられてきた日本文化の結晶(のひとつ)とでも言うべきものを規範としているわけですから、一見するとこの展覧会には縁遠いようにみえるものつくりの分野、例えば同じ手工業でも技巧や作為的な表現から距離をおいた実用指向の道具であるとか、マスプロダクトを対象とした工業デザイン、さらに広げればグラフィックデザインや前衛色の強い美術、あるいはアニメやキャラクターなどに代表されるサブカルチャーとして位置づけられているもの等々により強い関心を持たれている方々にとっても、見るべき点が無いという展示では決してないようにボクには感じられます。

「工芸」あるいは「伝統工芸」という言葉に対するイメージや考えは人によって様々だとは思いますが、そういった言語上の厄介な問題についてはひとまず脇において、先入観のない無垢な気持ちでご覧になれば、その美意識や技芸の奥深さだけでなく、控えめに織り込まれた独創性や野心的な試み、あるいはちょっとしたユーモアや「ちょ〜カワイクね?」といった評価がぴったりの愛らしさをも楽しむことができると思いますよ。

なお念のためにお伝えさせてもらいたいのですが、日本伝統工芸展こそが工芸を包括するものだとか、工芸の本流であり最上のものであるとか主張したいわけではありませんのでどうか誤解されないでくださいね。

そのような意見をお持ちの方もいらっしゃることは承知していますが、「伝統工芸」という一応の枠組みでまとめられたこの展覧会と同様に、国内外で無数に開催される美術展やデザインアワード、銀座などにありそうな名門画廊といった場はもちろん、「クラフトフェア」などと呼ばれることが多い野外展示イベントや、西荻窪や下北沢あたりの怪しげな雑居ビルに見られるようなレンタルショーケース(貸し箱ギャラリーっていうんでしょうか?)といったもの、あるいは現代日本のメディア文化が持つパワーを象徴するシーンにも見える「コミックマーケット」(残念ながらいまだに脚を運んだ経験はないのですが)なんてものもものつくりの最前線としてそれぞれに代えがたい価値を持つようにボクには思えますしね。

本旨にはあまり関係ないのですが、ひとつ面白いデータがあるので紹介させてもらいますと、日本伝統工芸展の主催者のひとつであるNHK(の最新年鑑)によると2009年度の同展の来場者数は、半年ほどかけて全国12会場(いずれも各地の老舗デパートや公設美術館)を巡回して24万人弱なのに対し、2011年8月に東京国際展示場で開催された「コミックマーケット」の方はわずか3日間でその倍以上の54万人(主催者発表)ですから、その勢いたるや全く比較にならないほどですね。

いずれにせよ日本伝統工芸展だけに話を戻せば、鑑賞以外の用途を持つものを取り扱う企画として、これほど充実した展覧会が毎年開催されているということの価値と驚きをもっと多くの方、とくに「工芸」などという不可解な言葉でひとくくりにされてしまっているものに比較的なじみの薄い年若い皆さんにぜひ知っていただきたいなぁ、と分不相応なことを切に願っていたりするんですよ。

今年度は東京、名古屋、京都での会期がすでに終了していますが、今は大阪で開催中ですし、その後、金沢・仙台・岡山・松江・高松・広島・福岡・松山を巡回する予定となっているようですから、お近くで開催の折にはお出かけいただければ嬉しいですね。会場や日程などの詳しい情報については日本工芸会のサイトにてご確認ください。

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日本伝統工芸展、ちょっと持ち上げ過ぎかなという気もしてきたので少しだけ言いにくいことも記しておきますと、数多い展示品の中には思わず首をかしげてしまうようなものがまぎれ込んでいることもごくごくまれにあったりする(出品された方の肩書や経歴などを知って妙に納得しちゃったりして)のですが・・・

それはまぁご愛嬌ということで。
posted by nakoji at 22:19| 日々のあれこれ

2011年10月18日

「工芸」ややこし

静岡での野外イベントから戻った翌日、名古屋で開催中の「日本伝統工芸展」の会期が最終日を迎えていたので、疲れた体にムチ打っていそいそと見てきました。


この展覧会には以前からも足を運ぶ機会は多かったのですが、出展されている方々とのご縁ができて以来、年毎の出品作からお世話になった先生方や親しくお付合いしてくれた同窓の先輩方(なかにはボクより10歳近く年若の方もいたりして感嘆してしまいます)の近況をうかがい知ることができるようにも思われ、近年では純粋に作品を鑑賞するのとは違った楽しさもできましたね。

連休中とのこともあり会場は盛況な様子でしたが、大多数である中高年の観覧者の方に交じって20代、30代風の方が熱心に鑑賞されている姿があちこちに見られ、ちょっぴり嬉しく思いました。

受賞者の中にも30代の方が何人もいらっしゃるようで、この分野でも「団塊ジュニア」とか「ロストジェネレーション」などとよばれる世代が新しい価値や考え方をつくり出そうとする動きがあるのかなぁなどということも想像されましたね。そういえば、毎年この展覧会を紹介しているNHKのテレビ番組「日曜美術館」で、今年の日本伝統工芸展を取り上げた週のゲストが元サッカー選手の中田英寿さんだったのがなにやら象徴的にも思えます。


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ところでこの「日本伝統工芸展」という名前の中にある「工芸」という語句、日々の生活の中ではあまり見聞きするものではないと思うのですが、皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか。

こんにち的な辞書上の意味では、大量生産された工業製品としての日用品と鑑賞のみをその用途とする美術品の間のものといったところかと思いますが、それらと「工芸品」との境界線は実にあいまいで、またその範囲もとても広いですから、立場や考えなどによって「工芸」の解釈はずいぶんと異なるように思います。

例えばものつくりをされる方(仮にここでは鑑賞以外の用途を持つものを家内生産的な規模でつくられている方とします)に対してその作を「工芸」と呼んだ場合、恐縮される方も数多いと思いますが、それとは逆に気分を害される方もやはりいらっしゃるのではないかとボクには想像されます。

これは「工芸」という言葉から「古めかしく、土着的で保守的、あるいは技巧偏重的」といった後ろ向きなイメージが連想されるためかもしれませんし、あるいは古美術や骨董の分野において時代が浅く高名な作者による品でないものを伝世品から一段下げる意味で工芸品と呼んだりすることと関係があるのかもしれません。

そういえば漆工の分野でも、漆に似せて作られた合成塗料のことを「工芸うるし」などと呼んだりすることがありますが、「工芸」という語句を「本物ではない」という意味で用いる習慣が一部ではあるのかもしれませんね。

例にあげたもの以外にもありそうですが、いずれにせよ「工芸」という語の持つマイナスの印象をやわらげるためか、「クラフト」という「工芸」とほぼ同意(辞書上では)の語句が広く使われたりしていますが、それ以外にも「工芸」を「KOGEI」という世界共通語にしようとする計画があったり、「工芸」という言葉に別の語句を加えて旧来のものと差別化したりと(代表格は「民衆的工芸」でしょうか、最近では「生活工芸」なんていう言葉を目にする機会も多くありますね)、「工芸」という言葉の周辺がカンカンガクガクであるのは今も昔も変わらないようで、ものつくりに係わる人間にとって用いるのに特に気を使う単語の一つとなっているように思います。

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さて、「工芸」という言葉から思いおこされることを場当たり的に書き進めてきたのですが、本旨まで到着するにはもう少し章を必要とすることになりそうなので、今回はこれくらいにして残りは次の機会としておきましょうか。まだ道半ばと言えそうですが、とりあえずもここまで読んでいただいた気の長〜い皆さま、どうもお疲れさまでした。

posted by nakoji at 15:36| 日々のあれこれ