2011年05月26日

買う派?

みなさん、展覧会の図録は「買う派」ですか?それとも「買わない派」ですか?

ボクは「買う派」です。
いや、正確にいえば「買わずにはいられない派」です。

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展示品に少しでも気になるものがあると、資料としてストックしておいていつでも参照できる状態になっていないとどうも落ち着かないんですよね。

鑑賞する時間が十分にとれない場合などには、図録を手に入れて安心してしまい実際の展示品に対する姿勢がおろそかになるという本末転倒な結果になってしまうこともあり、あまり良い傾向ではないかなとも思っているのですが。

昨今では展覧会の図録も装丁などに意匠をこらしたものが多く、一瞬ひるんでしまうような価格のものも少なくないですから、経済的な負担も軽くはないですしね。

図録や参考書などの書籍でとどまっていればまだよいのですが、じつは困ったことに自分以外のつくり手の作品をお手本として手に入れることがそれ以上に大好きでして、今までそれらに投じた金額についてはあまり考えたくないほどです。

もちろん高い市場価値を持つ美術品や骨董ではなく、比較的お若い方が作れられた実用のうつわなどが大半ですが、使用していないものだけでも大ぶりの箱でいくつもありますから積みあげてみれば結構な散財といえるかもしれません。

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ものつくりにたずさわる人の中には、ほかのつくり手による品をできるだけ眼にしないようにされている方もいらっしゃるようですし、独自性を大切にするためにはそれも必要なことなのかもしれないなぁとも想像されます。

ただ現在のボクの場合は、優れたもの(それは自分が作るものと用途を同じくする場合もあればまったく異なる場合もありますし、自然物である場合もあります)に習うことによって優れたものに近づくことができると考えている面があるので、参考となるような物品や書籍に接するために必要な手間や金銭についてはできる範囲で惜しまないように心がけています。

余談になりますが、ご同業の方々によく見られる道楽がいくつかありまして、
そのひとつは「道具道楽」、
もうひとつは「材料(=木材)道楽」、
それに次いで「資料道楽」ですかね。

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そういえば以前の記事で話題にあげた「パウル・クレー展」では図録の購入はなんとか思いとどまり、ポストカード数点で我慢することができました。

ボクにとっては興味深い展示内容でしたよ。今は東京ですね。

posted by nakoji at 23:47| 日々のあれこれ

2011年05月17日

神だのみ

作業の合間、一息ついたついでにこんなものをつくりました。

   御札立て

神符は以前より制作室に置いていたものでお祀りするのに具合の良い場所がなかったためにしばらく休養していただいていたのですが、このたびお住まいをご用意いたしました。

こちらのお札、ボクの実家の氏神様をお祀りする漆部(ぬりべ)神社からいただいてきたもので、名前からもお分かりのように漆にご縁の深いお社なんですよ。

「漆部」というのは奈良時代の律令制で定められた漆工をつかさどる役職だそうで、このことからもわかるのように漆部神社は諸工芸、中でも特に漆工に対する御利益が厚いようです。

詳しく調べたわけではないので断言はできませんが、延喜式内の(=少なくとも一千年以上の歴史を持つ)古社の中で「漆の樹木や山林」ではなく「漆工芸」を守護する神社は漆部神社のほかには無いのではないでしょうか。

もちろんボクのご先祖さまが上代からこの地に住んでいたわけではないですが、いずれにせよ日本で唯一ともいえる超マイナーな漆工専門神社の氏子としてボクが生まれたことに不思議な縁を感じないわけにはいきませんね。そんなことから漆というものにかかわるようになって以来、毎年初詣の際にお札をいただいてくるようにしているんです。

   風呂棚

さて、そんな漆工にたずさわる者にとっては特にありがたいこのお札、漆を塗った器物を入れて乾燥させるための「風呂棚」に据え付けることにしました。(ちなみに漆は「化学反応」によって「硬化」するものなんですが、普通は便宜的に「乾く」という言葉を使います。)

というのも漆の乾燥工程は「神だのみ」としか言いようのない面がありまして、知識や経験によって大失敗のリスクを減らすことができたとしても、色艶などの微細な仕上がり具合まで完全にコントロールすることは自分にはとても無理だと考えているからです。例えば焼き物の焼成工程のようなものと想像してもらえば分かりやすいかもしれませんね。

神仏にかかわることだけに懸案を解決してちょっぴり晴れやかな気分で作業に取り組むことができるような気がしてきました。

あとは漆部の祖神「三見宿禰命(みつみすくねのみこと)」さまがシナベニヤの切れ端の粗末なお住まいに機嫌を損ねることなく、つたない氏子にそのお力を貸してくださることを祈るのみです。


漆部神社
神社拝殿
甚目寺三重塔

漆工やその他工芸にたずさわる方なら漆部神社に一度参詣して御利益を期待してみるのも一興かと思います。また尾張四観音の一つで日本有数の古寺「甚目寺(じもくじ)」に隣接しているため、そちらの国指定重要文化財の建造物などもあわせて見物することができますよ。

ただし現在では残念なことに当地には産業としての漆工はもちろん、そのなごりを感じさせるような史跡も残っていないのではと思われます。

posted by nakoji at 14:16| 日々のあれこれ

2011年04月30日

英国育ち

英王室の王子さまの結婚式、要約報道で少し目にしただけですが現代的な華やかさの中にも気品を欠くことのない素敵な式典でしたね。「伝統」という文化遺産の底力と、それを拠り所とする人々の自負を垣間見た気がします。また自らも同様の伝統を持つ国に生まれ育ったという幸運を改めて意識する機会ともなりました。

で、今回はロイヤルウェディングとは英国つながりというだけのしがない話題。

数日前に事務スペースの片付けをしたついでに、長らく物置に眠らせていたオーディオ機器を運び入れてみました。

独身、実家暮らしの頃に購入したものですが、その後は手狭なアパート暮らしが続いたために梱包状態でかれこれ6年余りも放置されていたはずです。正常に動作する望みは薄いだろうという予想を裏切り、ブランクを感じさせない良い音を鳴らしてくれました。


   MUSICAL FIDELITY A3
   MUSICAL FIDELITY  A3 Dual Mono Integrated Amplifire


写真の機器はCD再生装置からの音声信号を増幅してスピーカーに出力するプリメインアンプという機械です。こちらが今回の主役で由緒正しき英国育ちというわけなんです。

とはいっても少しでも音響機器に興味のある方ならご存知かと思いますが、自慢できるほど高価でも希少な機種というわけでもありません。金食い道楽の代表格ともいえるオーディオを趣味になどとてもできませんから、音楽をそれなりの音質で楽しむといった程度の機械です。

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久々に耳にして感じたのは、やっぱりこの機器で再生する音は「素直」で「温和」だな〜ということです。精密かつ曖昧な人間の感覚器(この場合は聴覚ですね)を相手にする機械ですから、機械自体の性質も人の性格を表すような言葉で表現する方がしっくりきます。

メカトロ先進国である日本に住んでいるとイギリス製の機械なんてものに接することは少ないように思われますが、ことオーディオ機器の分野においては日、米とならんで一大勢力といえるほどの地位を保っているようです。業界を引っ張るような大企業ももちろんありますが独自色のある機器を制作する小規模メーカーの活躍が目立つのが英国の特徴でしょうか。

対して日本製のオーディオ機器の特徴は(数少ない個人的な経験からすると)総じて「正確」で「こまやか」なうえに「表現域が広い」という優等生型が多く見られる点にあるように思います。ただ時としてその繊細さや気配りが「神経質」で「これ見よがし」に感じられることもあるかなぁという気もしています。

これはどうやらオーディオ機器に限った話ではなく、日常的に使用している機械や工具、家電などにも当てはまるような気がしますね。ちなみに当制作室にある機器を見回してみたところ、日英のほかにはアメリカ、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、イタリア、台湾などのメーカーのものがあり、お国柄を想像しながらそれぞれの基本理念やデザインの方向性を確認してみるのも楽しいものです。

そういえば以前、一度だけ聴かせてもらった主にイタリア製の機器を用いたオーディオ構成はまさに「甘美」という言葉がぴったりの音を奏でていて、妙に納得したことがありましたね。

もちろん国という大きな枠組みだけでなく、メーカーや機種によって様々な個性を持った機器があるのですが、それを設計、制作しているのはやはり人間ですから、その国ならではの国民性(価値観や行動様式、思考方法)というものを少なからず反映しているのかもしれません。

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ただ音楽を聴くだけの楽しさを久しぶりに味わいながらそんなことを考えていたのですが、ふとかたわらにある自分のつくったものに目をやると、やっぱりそこには日本的なかおりが色濃く漂っているんですよね。

もちろん日本的な律儀さを持ったものが必要とされる時や場所、またそういったものを好む方は少なくないですし、ボク自身もそれを改めたいと思っているわけではありません。

しかし一方で永く暮らしに寄り添うにふさわしい「大らかさ」を備えたものへの憧れがあるのも事実です。それにはつくる人間自身の大らかさが欠かせないということもよく分かっているのですが、若輩のボクにとってはそんな姿勢であることこそ何よりも難しいと思えてなりませんね。


いずれにしても今と比べて経済的な自由が利いた独り身の時にこれらの音響機器を入手しておいて良かったな〜と素敵な音楽を聴きながらしみじみと感じております。(あの時こんなもの買ってなければ今ごろ中古の軽トラくらい買えたのにな〜と悔やむ気持ちが全くないといえばウソになりますけど・・・)

posted by nakoji at 23:56| 日々のあれこれ

2011年04月26日

お大事に〜

「MRI(magnetic resonance imaging)」という医療診断用の画像法はご存知でしょうか?

ボク個人は、X線撮影(レントゲンやCT)と同様に生体の内部情報を画像化してくれる技術らしいという程度の認識しかありませんでしたが、軟骨や筋肉、靭帯などの軟らかい組織の画像化においてはX線より優れているそうで、骨以外の運動器などの診断に特に有効なのだそうです。

最近の記事が冗長化の一途をたどっていることを反省し、軽い気分でお楽しみいただけるような投稿をしたいと思っていたところ、PC内の画像整理をしていた時に面白い(気色悪い?)画像を発掘したので掲載してみることにしました。

ドクター気分で診断を下してあげてください。


被検者 No.001 : ナコジエイスケ  34歳  男性

 MRI画像
う〜ん、圧迫されてますねぇ、痛そうです。

 MRI画像
輪切りの画像では患部から少しズレているのか、それほど突出しているようにも見えません。皮下脂肪は十分以上にありそうです。

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先端医療の一端を垣間見ただけではありますが、その技術水準の高さには驚かされますね。

診断 : 腰椎椎間板ヘルニア(泣)

posted by nakoji at 14:22| 日々のあれこれ

2011年04月12日

青騎士

「青騎士」ときいて、鉄腕アトムを思い浮かべる人と初期抽象画を思い起こす人はどちらが多いのでしょうか。ボクの場合は前者でしたが、どちらにしても多数派とは言えないかもしれませんね。

さて、今日は愛知県美術館で開催中の「カンディンスキーと青騎士展」の最終日が5日後と迫っていたので作業の合間をぬってそそくさと見に行ってきました。


    青騎士展ポスター


いま名古屋の美術館での企画といえば名古屋市美術館の「ゴッホ展」が筆頭かと思いますが、個人的な都合で頻繁に仕事を抜けるわけにもいかないので(土日は来場者が多くて大変なようです)今回はより興味のある表題の展覧会のみとしました。

どちらかといえば以前は絵画、特に油彩などの西洋画の展覧会に積極的に脚を運ぶ方ではなかったのですが、ここ数年はあえて時間を作って見に行くこともそれほど珍しくありません。これは自分のものつくりに対する考え方に別の一面が加わったことと無関係ではないようです。

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手に取って使うことができるあるものを、用途を同じくするもうひとつのものと区別する場合に最も重要な要素は、大雑把に言ってしまえば「いろ」と「かたち」と言えるのではないでしょうか。

もうひとつ「質感」(≒テクスチャ、マチエール)という大切な要素もありますが、ボクの制作に限っていえば、手ざわりよりも視覚的な効果を意識して質感を考える場合が多いので「いろ」に含まれる要素としてもよいかなと思っています。

絵画についての記事ですから「かたち」の話はまたの機会に譲ることとして、木でものを作る仕事をしている人間にとって「いろ」といえばもちろん第一に素材である木材の色ということになりますね。

ご存知のように木という素材の持つ色、そして文様としての木理は、それだけで十分以上の美しさを持ち合わせていますから、木でものを作る際には、素材の持つ素晴らしい「いろ」を損なわないことに重きが置かれる場合が多く、素材に依存しない装飾的な色がその上にのせられることは少ないように思います。

ボク自身もこれまで素材の色を活かす手法を好んで用いてきましたし、今後もその考えが揺らぐことはないでしょうが、数年前から漆工の仕事を手がけるようになったのを契機に、少しずつそれとは別の「いろ」のあり方を探したいと思うようにもなってきました。

質感などを含む「いろ」について最も研究が進み、あらゆる可能性が模索されている分野といえば絵画をおいて他には無いですよね。もちろん自分がつくるものに近い分野の中にも習うべき品は無数にありますが、「いろ」という点にのみ注目しようとした場合、例えばその優れた造形や長い時間を経て磨き上げられた文様などが、時として余計な存在に感じられることもあります。

新しい「いろ」のあり方をよりナマに近いところで示唆してくれる道しるべとして、絵画を見るということも今のボクにとって大きな助けとなっているようです。

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なかでも初期抽象画と位置付けられている絵画に着想を得ることが何度かあり、今回もそれを期待して脚を運んだわけですが、この展覧会はカンディンスキーとその仲間が抽象へと辿り着く過程にスポットをあてる企画だったようで、革新を求める芸術家たちの熱い交流のエピソードなども織り込まれていて十分に楽しめる内容でしたが、ボク個人の目的とは少しズレていたかもしれません。

ちなみに今とても気になっているのが京都国立近代美術館で開催中の「パウル・クレー展」。展覧会のために京都まで出向くのは色々な面で難しい状況ではあるのですが、なんとかやりくりして見に行きたいと思っています。

posted by nakoji at 23:15| 日々のあれこれ